6)デッサン

ダビデ像を見るたびに真昼はタツオのデッサンを想い出す。
初めてのデートの時にタツオが持ってきた数枚の写真と鉛筆で描いたダビデ像。
写真の中のタツオはいつも笑っていた。
西洋の騎士に扮した数十人の男子生徒の中でも目立つのですぐわかる。
教室で同級生と掃除用具で暴れていたり、
トーテムポールのように縦に数人の友人たちとおどけて写っていたのも、
真面目な授業中の姿もあった。笑っているタツオがたくさんいた。
あの笑顔を奪ったのは自分かもしれないと真昼は今でも胸の奥が疼いた。
タツオはいつも優しかった。そしてプレゼント魔だった。
会うたびにペンダントやネックレス、ブローチや髪飾りなどを渡すのだ。
修学旅行で銀座の松屋デパートへ行った際、同じものを見つけた時は驚いたことがある。
プレゼントが続くたびに真昼はなぜか気が重くなっていった。

真昼にどうしても見せたいとタツオの母校の体育祭へ行った時は、タツオの友人たちにも紹介された。
櫓を立てることで有名だったタツオの母校の体育祭は事故があってから中止になったのをタツオは知らない。
お正月には招待され、タツオの母親のお節料理に緊張しすぎて手をつけられなかったことも謝りたかった。
「お口に合わなかったのね」と言ったタツオの母に申し訳なかったと今でも思う。
タツオの兄とその恋人4人でボーリングに行ったことや、タツオの家の大きな犬チャウチャウの顔や、
タツオの父親は年始のために不在で、弟が「いらっしゃい」と明るく挨拶してくれたことや、
ダビデ像は40年以上経った今でもタツオにフラッシュバックさせるボタンのようだ。
指先さえ唇さえ触れたことがないタツオ。ピクニックで坂を上る時に差し出してくれたタツオの手。
遠慮すべきでなかったのに、なぜ「ありがとう」と素直に自分の手を預けられなかったのだろう?
酔ったタツオの醜態を知らされてから、会うのを断るようになり始めた。
毎晩晩酌をする父は酔いつぶれた姿を子供たちに見せたことがなかった。
今なら、そんな時もあるよねと笑い話にできるのに子供だった真昼にはショックだった。
夏休みに同級生男女7、8人で遊びに行った海岸で真昼は視線を感じた。
タツオによく似ていたような気がしたが、すぐにいなくなったので気のせいだと思った。

「俺んとこに来いよ」と京都から帰った従兄が言ったのは、
タツオと会わなくなってしばらく経ってからだった。
「おふくろが出て行って親父と二人だから部屋は空いているし」と煙草に火を点けながら従兄が繰り返す。
従兄は真昼がいつか京都に憧れて住んでみたいと言ったのを憶えていたのだ。
真昼は従兄が作る煙の輪をぼんやりと眺めていた。
そのころ、真昼は就職したばかりだった。
入社式では大勢の大卒でなく、高卒の真昼が新入社員を代表して答辞を述べた。
その朝、過度の緊張のせいか体調を崩した真昼を叱りつけたのは清子だった。
そのおかげで何とか無事に終わらせることができたので清子には感謝していた。
真昼は清子から皮肉や嫌味を言われても憎いとか恨む感情はなかった。
ただ、逃れたいという感情しかなかった。自分はあの家にいてはいけないのだといつも思っていた。
真昼は自分のせいで父や祖母や清子がギクシャクしているのを見るのが辛かった。
真昼は所属予定の経理課には入社前から手伝いに通い、
入社してからも決算時期でもあり、残業で10時過ぎの帰宅が続いた。
残業がやっと終われば、他の課の先輩女子社員たちが毎日のように揶揄ったりしてくるようになった。
服装から髪型やリップクリームを塗れば「あら、この子、口紅塗ってるよ~」と大声で取り囲む。
先輩女子社員たちは私立の女子高卒が多かった。
真昼の高校へ受からなかった人がほとんどだから、気をつけるようにと同じ課の先輩にアドバイスされていた。
その先輩は結婚が決まっていて、真昼をいつも優しく気にかけてくれていた。
父と懇意の議員夫人から貰った白いフリルレースの黄色い日傘を会社で銀行へ行く時などに使うと、
「坊ちゃん」のマドンナみたいだと囃し立てる男子社員がいて真昼はますます居心地の悪さを感じていた。
京都へ転勤したいことをその先輩に相談すると、その先輩は早速、課長に申し出てくれた。
話はとんとん拍子に決まって、父と大阪の本社へ挨拶に行った。
父と歩いた御堂筋の銀杏並木は真昼には希望の黄金色に映った。
清子の嫌味も、あのちょっかいをかけてくる鬱陶しい先輩女子社員たちもいない。
タツオのことさえ忘れていた
「この間、カッコいい人と歩いていたね」と言ってた友人。
タツオはアイドルグループにいてもおかしくない程カッコよかったと周囲の人たちから言われていた。
タツオを好きだったはずなのに、タツオのことをよく知らない。
ごめんね。逃げ出した私を許して。
真昼は何度心の中で謝ったかしれない。
だから、最初のデートでもらったタツオの描いたダビデ像のデッサンとタツオの写真はずっと持っていた。
従兄と叔父の家から出て真昼が会社の寮に入ったのは、従兄の友人からの交際の申し出を断った気まずさと、
叔父がある夜に、寝ている真昼の胸を触ってきたことが理由だった。
隣の部屋で友人たちと騒いでいる従兄に声を上げて知らせようか、このまま息を殺して我慢するかと、
思い悩んでいるうちに叔父の手が離れてからも、真昼はそのあと一睡もできなかった。
寮生活と会社に慣れるために忙しくしているある日、真昼は寮母さんから電話ですよと呼ばれた。
地元の友人からだった。
「知ってる?あの人、死んだのよ」
「あの人って?」
「新聞に出てたわよ。あ、そっちじゃ出てないか……カッコいい人って早くに死んじゃうのね……」
真昼はその時のことをあまり憶えていない。酔っ払って事故でということはわかった。
受話器を持ったまま、どれだけそこにいたのだろう?
「大丈夫?」という寮母さんの心配げな声と顔が目の前にあった。
「真昼さん、いますか?」という玄関から聞こえていた声。
電話の「僕。ボクだよ」と言った声。調子外れな鼻歌。
やたら「どっこいしょ」や「よいしょ」とか言う口癖。
少しはにかんだ顔。
手を繋いだこともなく、唇さえも重ねなかったタツオの死は真昼にとっては予期せぬ出来事だった。
今は会えないけど、いつかまた会える日がくると思っていたのかもしれない。
初めてはタツオが良かったのに……勇気がなかった自分のせいだと後悔が津波のように押し寄せてくる。

タツオの誕生日に間に合わすことができずに編み続け、やっとバレンタインデーに渡したセーター。
「知ってる?」と迎えに来た玄関で着て見せてくれたタツオに「うん、ごめんね。上下間違えちゃった。」と真昼は謝った。
大慌てで仕上げたのが災いしてボタンの位置をつけ間違えたのだ。それでもタツオは笑っていた。
ちょっと小さいかなと思ったけど、窮屈そうにしながらもタツオは着てくれていた。
冬休みのアルバイト代で買った毛糸だった。今度はもっといい毛糸にするねとの時は思った。
タツオの優しいお母さんに教えて編み物のコツをもらいたかった。
きっと、お正月に真冬が着ていたボルドー色のスカートと細い棒タイに気づいたかもしれない。
ほどんど制服なので至福が少ない真昼は着ていく服がなく、
解いたばかりの毛糸玉を祖母の部屋で見つけたの時は幸運だと思った。
書棚の奥から日本ヴォーグ社の編み物の本を見つけていたので、あとは編むだけだった。
デザインとか大袈裟なものなど考える余地もなかった。
毛糸玉の量を考え、手元にある黒に細いシルバーの横縞のセーターに合せなければならない。
真昼はこういう時が一番楽しかった。紙の着せ替え人形も画用紙に自分で絵を描いて作った。
叔母が買ってくれたそのころ流行ったバ^-ビー人形の洋服も、いろいろデザインして作った。
セーラーカラーのキュロットの上下を和服の黄八丈の端切れで作ったりした。
着物まで分解して小さく寸法計算して縫い直したりした。
今、それをしろと言われてもできないと真昼は思う。

電話に出たタツオの母は「ああ、あの方ですね」と、一度しか会ってない真昼をすぐにわかったようだった。
「あの、お墓は?」「どうぞ、参ってやって下さい」
真昼はあれから2度結婚したが、2人の姑とも世間でいう嫌な関係にはならなかった。
タツオの母ともいい関係になれたかもしれなかった。
タツオはひょっとしたら、画家になりたかったのかな?
もっと、もっといろいろ話せばよかった。。。
真昼は自分の幼さを悔いた。
そばにずっといたら、タツオは死なずにいたのだろうか?
そんことが脳裏に浮かぶたびに自分の傲慢さに真昼は辟易した。
「約半年お兄さんだね」たった6ヶ月しか違わないのに20歳前そこそこで逝ってしまったタツオ。
寮母さんに着付けをしてもらって会社の成人式の帰りのタクシーの中で運転手にわからないように泣いた。

「真昼さん」と声が聴こえた。
昨日、新聞の紙面に白黒だが大きく真昼のクリスマスの絵が掲載された。
そして、翌朝は個展の初日で何十年に一度というくらいに珍しく大雪が降り天気は大荒れていた。
風邪のために高熱で起きられずににいた真昼はその声に救われたのだ。
真昼はガランとしたアトリエの一角にあるベッドの上に起き上がり、
「ありがとうございます」と声の方へ思わずお辞儀をしていた。
子供たちが成人し、真昼は結婚を終わらせるように夫に申し出た。
銀婚式もとうにすませていたので夫はとても驚いた。
親族から「何か真昼さんの嫌うようなことをしたんやろ?」と言われたと夫は後に真昼に告げた。
真昼は48歳になろうとしていた。

タツオの声を聴いた日から10年以上過ぎようとしているが、もうタツオの声を聴くことはなかった。
真昼にもう少し自分をさらけ出す勇気があれば、タツオとは続いていたのだろうか?
ダビデ像のデッサンとタツオの写真は2度の結婚を終わらせたあと思い切って処分した。
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