5)タツオ~1

「ちょっと話があるんだけど……」と話しかけられて真昼が振り向くと、
アルバイト仲間の男子学生のYが立っていた。
驚いたのは隣の区でも有名な進学高の霜降りの制服だった。
「あ、コレ?今日は補修があって……」
中3の時、担任教師から薦められた受験校よりも偏差値の高い進学校の制服。
「ホント、制服着るのってイヤなんだけどね」とYはズボンの裾をパンパンと叩く。
「あの、沢木さん」とYは直立不動になり、真昼の顔を正面から見下ろすカタチになった。
1学年下って聞いていたけど背が高いのねと真昼は見上げる。
「あの、僕とつきあってもらえませんか?」一気に言い終るとYは深く息を吐いた。
「え?」真昼は驚きながらもYの目をじっと見つめていた。
「あの、そんなに見られると恥ずかしいんだけど」とY。
真昼は人と会話するときは目を見るようにと父からは躾けられていた。
大人になってからはそれが誤解されることもあるらしいので目をそらすようにしている。
「お~い、そんなとこで何してんだ~」
気がつくと先輩アルバイトの2人が笑いながら立っている。
二人は背が高くオジさんっぽい男子大学生と真昼の高校の1学年上の女生徒だった。
大学生はアルバイト歴が長く職員とよく間違われるくらい仕事ができた。
女生徒もアルバイト歴は長く地味な感じで、二人は交際していた。
「あの、あ…これからね補修って話してました。じゃ、あの、お先にし、失礼します!」
Yはシドロモドロになりながら足早に立ち去って行った。
「何だ?あいつ、首まで真っ赤だったぞ」
「ホント~いつも固い表情して勉強しか興味ないと思ってたけど」
「それは偏見だって。でも、あいつの制服、K高校だよね?アルバイトは禁止してなかったっけ?」
「そうだよね~」二人ともYの制服に驚いているらしかった。
真昼は「休憩があと5分なのでお先です」とその場を離れた。
たまに冗談を言い合う程度のYになんと返事すればいいのだろう。
いつも自分を眩しそうにみていたY。
ところが、Yはその翌日から来なくなった。
親にも学校にもアルバイトがバレたらしい。
真昼にとって就職のために入った高校生活は当たり前のように楽しくなかった。
入学時の順位は20位らしいと聞いた時はその程度なのかと思ったが、あとから納得することになる。
真昼より順位が良い生徒たちの中には進学校に行けるのに行かずに真昼の高校へわざわざ入学していた。
その生徒たちが、人生設計を見据えての選択だったことを15年後のクラス会で知った。
彼らは公認会計士や税理士になるために偏差値の高い進学校よりも商業高校を選んだのだった。
真昼はあまりにも何も考えていなかったことをその生徒たちを通して思い知らされた。
志ある者は幼い頃からそれに向かって進んでいるということに初めて気づかされた。
なぜもっと自分の人生について考えなかったのだろう?と悔やまれた。
真昼はその分だけ子供たちに夢があるなら応援したいと願ってきたが、
夢は誰でもそんなに早くから自覚できるものでも強制できるものでもなかった。
それに何よりも子供の夢には両親の経済力が不可欠だった。
温かい家庭に憧れたのも事実だが、お手軽な結婚という単純コースに逃げ込んだようで真昼は自分を責めた。
両親の愛には恵まれなかったが、なぜか真昼をお嫁さんにしたいという声が多く、
中学生の真昼が卒業したらお嫁さんにという近所の男性に両親は気持ち悪がっていた。
今の時代なら笑われるであろう処女性を真昼は大切にしていて、
結婚するまで自分を護るという誓いを真昼は自分に厳しく立てていた。
真昼は中学の頃には今でいうストーカーまがいの被害も受けた。
勝手に好きだと言いふらし、勝手にプレゼントを贈ってきたり、私服のスカート丈が短いと言ってくる。
その男子生徒が正月映画で有名な国民的俳優に似ていたので、真昼はその俳優がずっと嫌いだった。
悪質な被害を受けなかったのは、今と違ってネットやスマホもない時代だったからかもしれない。

高校の頃は、同級生のKがいつも校門前で待っていて、家まで送ってくれていたので、
クラス会ではつき合っているかと思っていたと勘違いされていたことがわかった。
Kが付き添って友達だという男子生徒が交際を申し込んできたこともあった。
いつも真昼は自分が好きだと思う気持ちよりも、思ってもいない相手に先に告白されることが多かった。
それを羨ましいという友達もいるが、それはその苦悩がわからないからだと思った。
好きだという感情がだんだんわからなくなることほど怖いものはないと真昼は思った。
好きだと言い合える相手に出逢えることほど嬉しいものはないといつも思っているのに、
それを邪魔されることだってあるのだ。
夏のアルバイト先での昼休みの出来事だったが、最近、活躍している俳優の顔をみるたびに、
高2の夏の制服姿のYが重なった。少し恥ずかしそうに笑う表情が似ていた。
そして、同じころ、同級生のKとは授業を一緒にエスケイプしたこともあり、
校門から真昼の家までの時間、ワーズワースやヘッセの詩を諳んじて帰ることもあった。
Kは真昼に一度も好きだとか、交際してほしいとは言わなかった。
ただ、いつも当たり前のように校門で待っていて、寄り添うように家まで送ってくれる。
Kはタツオのことを知っていたようだったが、それはずっと卒業するまで続いた。
そんなKは真昼にとって空気のような肉親のような存在だった。
同時にYがアルバイトに来なくなったことにも真昼はホッとしていた。
真昼にはそのころ、初めて心を通い合わせたタツオがいたからだった。
タツオも何人かの女の子から申し込まれた交際を断った上で、自分の先輩と真昼の父親が知り合いだと聞き、
「お嬢さんと交際させてください」と家まで交際の許可を頼んできたのだ。
清子は真昼に対してまた「色気づいて~」と毒づいた。
清子は真昼の胸が膨らみ始めていよいよブラジャーが必要となった時も、同じことを言った。
真昼は清子の下品な物言いにそれからも何度傷ついたことだろう。
真昼は自分が母親になったら、もしも娘がいたら娘の応援団でずっといようと、
まだ高校2年生の真昼はその瞬間に固く心に決めたのだった。





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