『美しき諍い女(いさかいめ)』

絵を描き始める前に興味はありながらも忙しくて見逃した映画ですが正解だったと思います☆
3時間48分の長さは劇場で観るのはとても大変だったろうなと本当に感じました。
今だから理解できる画家の苦悩や制作過程も描いていなければ共感できなかったかもしれません。
私見ですが、描けないで苦しんでいる画家も周囲の人たちはいつも化学反応や、
リトマス試験を意識し楽しんでいるところがあります。
映画の中でミシェル・ピコリ扮する画家が言います。
いきなり、キャンバスに向かう画家もいるけど自分はそうではないと……
制作シーンの時間の配分が長すぎると思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、
それがあったからこそ、やっと出来上がった絵を出入りの女の子と「秘密だよ」と言いながら、
煉瓦を積みながら壁に埋めて行くシーンが生きてくるのだと思いました。
自分の妻をモデルに製作途中だった『美しき諍い女(いさかいめ)』という絵。
前へ進みたいという画家。
それを理解するふりをしながらも嫉妬に苦しむ妻。
画家とモデルを会わせたのは画家の新作を熱望しながらも画家の妻とも関係ある男性。
画家から若い画家が小説家の恋人をモデルにと頼まれて無断でOKをしてしまいます。
最初は怒りながらも徐々にモデルとして真剣になっていく恋人に若い画家は不安になっていきます。
若い画家は仕事も妹にまかせて恋人のそばにいようとしますが、恋人はそれさえ疎ましくなるのです。
若い画家も画家の妻も知らないのです。
画家とモデルがどれだけ真摯に闘い、作品を仕上げようとしているのかを……
こういうことはよくあることですが、密室に男女が二人だけだとすぐに誤解をする人たちは、
自分たちがそうだという事を自ら告白しているようなものだと私は思います。
妻も恋人も公認なので例外ですが、そういう結果にならないゆえに素晴らしさが際立っていました。
妻を演じていたのジェーン・バーキン。
好きな歌手で歌声は素敵なのですが、妻役はもっと違う女優がいなかったのかしら?と思うのです。
画家が消した妻の顔は目が大きすぎてジェーン・バーキンとは似ても似つかないし、
妻がモデルはずっと自分だったと言っても、説得力がないとさえ感じました。
特に着物ガウンから胸がはだけ胸板しかみえなくて男性のようで残念でした。
そのせいでせっかくの映画に違和感が点のように増えていってしまいました。
エマニュエル・ベアールの美しさや神々しさと明らかな対比のためだったのか?とさえ思ったほどです。
拡げたまだ真っ白な紙の上を裸足で歩く妻。
映画『ピアノ・レッスン』でピアノを捨てろと言ったサム・ニール扮した再婚の夫に重なりました。
画家に限らず、人は自分の大切にしているものを粗末にされたら心が壊れると思うのです。
出来上がった絵は画家本人と妻とモデルと出入りの女の子だけしか知りません。
モデルは自分がこんなに冷酷だとは思わなかったと打ちのめされた様子でしたが、
画家と絵を埋める作業をする女の子は綺麗な人だねと言います。
妻は画家が眠っている間にキャンバスの裏に印をつけます。
絵は布で覆われていて一瞬、片隅のカーマインレッドが見え隠れするのみです。
画家がみんなの前では発表した絵は、
『美しき諍い女(いさかいめ)』を埋めたあとに新しく描いた絵でした☆
自信に満ちたかのような画家に早速、商談に入る男性。
モデルは画家の再生にただ利用されただけだったのでしょうか?
「あなたのいうことを聞いておけばよかった」
勝ち誇ったかのような妻に疲れたようで元気のないモデルが言います。
画家とその妻に魂までも奪われたかのようなモデルの精彩のなさには心が痛くなりました。
画家は『美しき諍い女(いさかいめ)』を葬ったのでしょうか?
誰の目にも触れさせないことで昇華させたのでしょうか?
墨液とペンで描く線画。木炭でキャンバスにデッサンに、
カリカリとペンを走らせる音だけが広いアトリエに響く演出は緊迫感を募らせます☆
キャンバスに絵具をのせる工程までがとても丁寧に描かれた映画なのも必見です♪

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