3)お母さんと呼べない

「あなたなんかが受けるから私が落ちちゃったじゃない!」
凄い剣幕で真昼に喰ってかかったのはクラスで一番背が高い女子だった。
男子生徒には猫撫で声で話すくせに、女子には上から目線のただ体育だけが得意な女子だった。
真昼はこの頃、清子とこの女子生徒の中に女の嫌らしさを見ていた気がする。
こういう女だけにはなりたくないと真昼の中では黒い点がシミのように拡がった。
自分で望んだ事でもないのに数人のクラスメートにも同じことを言われた嫌な記憶がある。
今だったらクラスにはさまざまな家庭環境の生徒がいても珍しくないが、
あの頃は父親だけの生徒も一人いたらしかったが、クラスでは真昼だけが継母育ちだった。
当たり前のことだが、ほとんどの生徒が実の両親に育てられていた良き時代だった。
さすがに清子も高校の制服だけは指定されているので校章入りのを渋々揃えてくれた。
中学と同じようなことをすれば、周囲から何を言われるかわからないと思ったのかもしれない。
真昼は幼い頃から何度か養女にほしいと言われることが多かった。
真昼の家の真ん前に裕福な電機工事の会社経営者夫婦が近くに引っ越してきたことがある。
玄関前でいつも白墨で絵を描いている真昼に声をかけてくるようになった。
清子から「あんたが物欲しそうにしているから」と訳のわからないことを言われたことがある。
その夫婦は子供ができないらしくて真昼を養女にほしいと訪ねてきたらしかった。
その夫婦はいつも優しそうだった。そこで働いているお兄さんたちも優しそうだった。
真昼が幼稚園の送迎バス地点から家まで2分ほど歩く途中で「おかえり~真昼ちゃん」と声をかけてくれる。
家に帰っても祖母は留守で清子は近くの映画館に行ってることも多かった。
この人たちがお父さんお母さんだったらと思えるほど、いつも笑顔で真昼を包んでくれた。
それから間もなく真昼はどうしても女の子がほしかった叔母の養女となった。
叔母夫婦には真昼より2歳上の男の子しかいなかった。
裕福だった叔母は着せ替え人形のように真昼に可愛い恰好をさせたかったのかもしれない。
本物のようなママゴトセットのティーカップにミカンを絞っているそばのたくさんのミカンの皮。
大きくて不気味な音がする柱時計と可愛い声で鳴く鳩時計。
真贋は不明だが居間に飾られていた東郷青児の絵。
その絵は幼い真昼にとっては神秘的な存在だった。
「白いお姉さん」と話しかけていたが、あれは何という題名の絵だったのか?
今ではあまりにも白くてフニャフニャしていて想い出せない。
父と祖母と清子と妹がいる家と違い、遥かに大きくて部屋がいくつもある広い家。
清子の嫌味や意地悪もなく、綺麗な洋服を着てオモチャだって一人占めできる何不自由ない生活。
従兄も可愛がってくれ、友達もそれなりにできた記憶がある。
その生活が続かなかったのは叔母の夫の事業の失敗が原因だったらしい。
そのことも清子は嘘で真昼を責めた。
「あんたがわがままばかりいうからだよ」
あの時、ミカンで遊び過ぎたから?
叔母さんたちにパパ・ママって何度も言えなかったから?
従兄の友達と遊びに行って怪我しちやったから?
ずっと何年も真昼はそのことで自分を追い詰め苦しんだ。
清子の悪趣味な物で飾りつけられた狭い家で真昼は小学校へ行くことになった。
4月末で転校生扱いとなり、勉強もこちらの方が進んでいたがすぐに追いついた記憶がある。
それは清子のおかげかもしれなかった。
帰宅するとまだ働きに出ていなかった清子から机の前に無理やり座らされた記憶がある。
算数や国語はもともと好きだったが、清子とよく九九を諳んじていたことを思い出す。
高校で驚いたのは九九がまともに言えない生徒数人もいたことだった。
中学では因数分解が好きで夢中で解いていた真昼にとって、
そのことも高校生活を失望させたひとつになったが、
川柳や短歌など入選・入賞していたことで文芸部に所属したことがある。
そんな高校2年の冬休み、真昼は実母に初めて会いに行ったことがある。
その日はちょうど母の店の開店の日だった。玄関前で待つ間も雪が降りしきっていた。
「ひょっとして真昼ちゃん?」と声をかけてきたのは母の妹だった。
真昼は白とピンクの2本どりで編んだ大きめのマフラーを真知子巻きにしながら頷く。
「あんたが重そうな買物袋を提げて清さんのあとを歩いているのを何度見たことか」と、
母はずっとあとに真昼に悔しそうに訴えたことがある。
だが、真昼は下僕のように市場やスーパーで荷物を持ったりするのが嫌ではなかった。
八百屋や鮮魚店・肉屋や卵専門店など何店舗もある市場の中が好きだった。
卵をライトに透かして選り分けていく青白い顔の店主のしかめ辛らしい表情や、
どの値段のコーナーに置かれるのかを卵を見ただけで想像するのが好きだった。
冷凍クジラを切ってくれる女性店主の黒くて長いビニールエプロン姿と白い手の美しさは、
映画で女優が魚を調理するときのその手の白さを見た瞬間に蘇った。
苦手なジャンルの映画だったが、芥川賞受賞作品が原作ということもあり観てしまったのだが、
真昼も友人も暴力シーンは苦手なほうだった。
記憶の扉は50年以上経てもいつどんな時にいつ開くか予測がつかない。
ナマコはそのままでも、切れば切ったでその切り口も気持ち悪くて今でも苦手な存在だ。
清子はどんな気持ちで、養女になる真昼を叔母夫婦に託したのだろうか?
そして、またまたどんな思いで真昼を再び受け入れたのか?
清子の真昼に対する気持ちは今でもわからない。
清子を「お母さん」と慕っていた自分。
実母をいまだに「お母さん」となかなか呼べないでいる真昼はもどかしさを感じていた。

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