2)父の涙

祖母が可哀そうにと言って清子の留守に真昼を抱きしめてくれたことがある。
中学の入学式が終わってずっと経った頃だった。
祖母の部屋は玄関横にあり、清子とは反対にいつもきれいに整頓されていた。
祖母は清子のことをいつも下作だ下作だと言っていた。
最初は意味がわからなかったのだが、どうも下品だということだったらしい。
清子は手先が器用で自分の洋服はもちろん真昼や妹の服もよく縫ってくれた。
真昼の小学校の修学旅行に着ていったブレザースーツもそうだった。
二人でデパートへ行き、「どんなのがいい?」と聞かれて、真昼はそのころ流行っていた箱ひだのプリーツスカートを選んだ下に白いブラウスを着るのでブレザーは襟なしでと伝えたのかどうかは今では憶えていないが、出来上がったブレザースーツは真昼のお気に入りになった。
修学旅行の楽しい想い出はなぜか小学校で止まっている。
それは清子がまだそこまで意地悪だと真昼が気づかなかったせいかもしれない。
小学校の卒業式にもそのスーツを着たのだが、真昼と一人の女の子だけがセーラー服ではなかった。
中学の入学式までに用意してくれたセーラー服は明らかに大きいサイズで袖は長すぎた。
それを面倒くさそうに清子が袖の真ん中で縫っていた。
役所のおじさんがしている黒い袖カバーをしているようで真昼はとても恥ずかしかった。
それも入学式の朝なので真昼にはどうすることもできなかった。
こんなことならむつかしくても自分で何とかしたかった。
……といっても、小学校で習った家庭科程度の技術だけど、バービー人形の洋服や着物をデザインして縫って遊んでいたので清子よりもマシに仕上がる自信はあった。
真昼は自分の変なセーラー服を見ながらひそひそ反していることにも傷ついたが、
それよりも小学校の卒業式で真昼と同様にセーラー服を着ていなかった女の子が、校章入りの仕立ての良い制服を着ていることにショックだった。「うちのお母さんたらそそかしくてさ~」と笑う女の子に真昼は自分校章もない粗末な生地の大きめの制服をいますぐにでも脱ぎたくなったのを憶えている。
真昼は自分で袖の長さを切って縫い直そうかとも思ったが、清子の嫌味がまたネチネチと始まるのはもっと避けたかったので、しばらくそのままにしていた。
学校では恥ずかしかったと思うのだが、どうしてやり過ごしたのかも今では記憶になかった。
ただ、そのことで父が泣いたことを祖母から聞いた時に父の思いを初めて感じた。
3年後、清子は自分の娘には校章入りの生地が良くて仕立てのいい制服を着せたので、真昼は妹に対して嫉妬を感じるよりも、自分という存在に対してやりきれない哀しさを感じた。

真昼は父に対して唯一感謝していることがあった。
小学校の頃、少年少女世界文学全集という分厚い本と児童雑誌を毎月書店から取り寄せてくれていた。
学校から帰るとランドセルを放り投げて、本棚の前に陣取り、本の世界に夢中になった。
ゴールド・ネイビー・ダークブラウンの装丁も子供心にも素敵だなと感じた。
何より新しい本のインクの匂いは好きだった。
本棚の中に古い編み物本だとかもあった。真昼の本好きは父のお蔭だった。
嫌なことがあれば本の世界に逃げることができた。
清子の意地悪さも忘れることができた。
真昼は清子に育ててもらったことを感謝しつつも清子から逃れたかった。
清子に気兼ねしつつ真昼を叱りつける父からも逃れたかった。
清子のことを嫌い妹から邪険に扱われている祖母を見るのも辛かった。
成績が悪くすぐ答えを尋ねようとする妹からも逃れたかった。
真昼は清子がたまに見せる優しさの正体がわからなかった。
それは清子自身にもわからなかったのだろうか?
それでも、父が倒れて亡くなった時、やはり清子は清子だった。
それでやっと決別することができたが、それはずっと先の事だった。
裕福ではなかったが、グルメだった父のおかげで夕食はいつも美味しいものが食卓に並んだ。
市場やスーパーや色々なお店が近くにあるせいか買物やお使いもよくした。
週に一回は近くのレストランから洋食を出前してもらったり出かけたりした。
父だけが使うお皿があった。白地にエンジ柄で真昼には特別なお皿に思えた。
祖母も清子も使っているのを見たことがない。
いつかそのお皿で父のようにステーキやカレーを食べたいとさえ思ったものだ。
真昼はそんな皿を夫にも使わせたいと思ったが、夫はそんなことはどうでもいい家庭で育っていた。
小学校の頃、父と二人だけで旅行に参加したことがあった。
父が記念に買ってくれたガラスの動物はしばらく大切に持っていたが、多分そのころ流行っていたのだろう?真昼は叔母からも同じようなものをプレゼントされた気がした。
父が離婚しても真昼を手放さなかったのは愛からだったのか?母への意地だったのかはわからない。
ただ、父は死ぬまで真昼の母のことは一言も話そうとはしなかったし、
真昼も聞いてはいけないような気がしていた。
父が昏睡状態の時に真昼は独りごとにのように聞いたことがある。
「ねえ、お父さん、私を生んでくれた人のことは愛していたの?」
近所のおばさん連中からはよく「あんたのお父さんはいい男だった」と聞かされた。
祖母からは「あんなに二枚目だったのに今は鬼瓦みたいになって」と言われていた父。
確かに若い頃の写真を見るとある二枚目俳優に似ていた。
祖母は琵琶湖町だったというのも近所で聞いたことがあった。
真昼の事を見つめる近所の人たちにいつも優しさを感じる時があった。
それは、あの子は不憫な子だという大人独特の感傷があったからではないのかと思った。
私にために泣いてくれた……
それだけでもう十分だと真昼は父に対して思った。
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            『卒業』~マリコ・ミヤケ(ポストカード)

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