1)頬にかかる雪

雪はいつの間にか吹雪になろうとしていた。
今年最後の集金のために坂道を上っていく清子の後姿が小さくなるのを見送ってから30分経っていた。
制服のコートに雪が絶え間なく落ちては消えていく。
空き家の軒先で待っている真昼の足元に黒い猫がすり寄ってきた。
「ごめんね。何も持っていないの」と真昼は両手をポケットから出して見せた。
トパーズ色の瞳で真昼を一瞥し猫は去りかけたが、振り向いてじっとまた見つめてくる。
「ごめんね。ここ動けないの。お母さんを待っているから……」
黒猫は理解したのかゆっくりと歩いていき、向かいの屋根に飛び上がり見えなくなった。
雪は手袋の指先にも容赦なく侵入してくる。
「出てくれないんよ~。居るとわかっているんやけどね~」
真昼が濡れた手袋を外そうといるところへ清子がコートの襟元を押さえながら戻ってきた。
清子は鉄道関連の職場が無くなったせいで、知人の紹介で今度は水道局に就職したばかりだった。
まだ銀行の口座振替が少なかった頃で新米の清子は治安が悪く回収率が低い地域の集金担当にさせられた。
真昼は清子が追い出した先妻の子だが、なぜか自分の子供よりも真昼を連れ出すことが多かった。
真昼は受験生なのに父も清子も本人も全くそのことを気にしていなかった。
担任教師からは「お嬢さんはM高にだって行けるんですよ?!」と繰り返し言われていたからだった。
「いえ、この子は就職させますのでM商業でいいんです!」
怪訝そうな教師を前にしながらも清子はなぜか嬉しそうだった。
希望校より上を目指す生徒に教師が言いにくそうに合格確実ラインを促すのがほとんどだった。
その頃はM高、H高、K高、M商業の順で大体選ぶことが多かったのだが、
たまに違う区の進学校を受験する生徒もいた。
父も清子も徒歩20分圏内で就職にも有利なM商業から就職することを真昼にずっと言い聞かせていた。

真昼の小学校の家庭訪問日にたまたま父が在宅したことがあった。
「お嬢さんは美大に進学させた方がいいですよ」と父に話しているのを真昼は耳にしたことがあった。
県展やデザイン展などでいつも入選・受賞する真昼に優しかった教師の言葉は今でも宝物だった。
両親から自分の進路を洗脳されるように決められたことを真昼は恨んだことさえなかった。
1歳のころに父が母が離婚する原因となり異母妹とは明らかなえこひいきをする清子に対してさえも恨んだことはなかった。
ただ、清子のような女性には大人になってもなりたくないと思うだけだった。
そんな自分に気づいたのは中学1年の頃、父が海外出張の時のことである。
ロシアがソビエト連邦の頃、空港まで父を見送りに来ていた女性を清子が見てからだった。
清子は帰宅するなり半狂乱で「死んでやる。一緒に死んで~」と真昼に訴えた。
その時、真昼は理解できずにいた。
なぜ、自分なのだろう?なぜ、自分の子の妹ではないのだろう?と……。
それでも、翌日、登校してすぐに清子が心配になって早退した。
一時間目の休み時間に教室を仮病を使い出て行く真昼を隣のクラスのTが眺めていた。
真昼とTはれぞれ友達に囲まれながら、気が付いたらお互いを見つめ合っているだけだった。
Tが何か言いたそうにするたびに「ベィビー、ベィビー」と男の子たちが囃し立てた。
ベィビーは男の子たちが勝手につけて真昼のニックネームだった。
急いで帰宅すると清子は布団を被って寝ていた。
「大丈夫?わたし一緒に死んでもいいよ……」と真昼が小さな声で伝えると、
「いい!」と清子は金切り声で強く布団を引っ張った。
その頃のことは断片的にしか思い出せない。
真昼が翌日登校するとTが転向したと友達から耳打ちされた。
T君。あれが最後だったの?一度でいいから話したかったな……
真昼はいつのようにすぐに下校する気になれなくて、
クラブ活動をする生徒たちの上に拡がる薔薇色に染まった雲だけをぼんやりと眺めていた。
真昼が生まれ育ったのは下町で店や病院、近くには工場、その時代には珍しいベーカリーまであった。
今は寂れているが徒歩圏内で神社や家具店・映画館・芝居小屋・スーパーだってある楽しい町だった。
「因果応報だよ」と清子の事を大人の誰かが言っているのを聞いたことがある。
物心ついたころから真昼は清子が本当の母親ではないと気づいていた。
清子は真昼の母親から父を奪ったかもしれないが、その清子もまた同じ思いをしていた。
真昼は芸能ニュースで清子のような女優やタレントを見るたびに「自分のしたことはいつか自分にかえるんだよ」と憐れんだ。それでもそんなことをもわかっていても強い愛があるのだろうか?
人を傷つけてまで奪いたいものがあるものだど、真昼にはまだなかったのかもしれない。
父の母で真昼の祖母は言いそうもないので、祖母の妹だったのかもしれない。
祖母姉妹は真昼のことをよく気にかけてくれた。
真昼には幼い頃の不思議な記憶がいくつもあった。
そのひとつひとつが1歳の頃の記憶だったということが自分の実母が見せてくれた写真からだった。
もう半世紀以上も前の事なのに真昼はこの季節になると今でも時々思い出す。
雪で遮られてのろのろ歩いていると「お好み焼きでも食べて帰ろうか?」と清子が声をかけてきた。
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